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知の泉

地方都市で塾や予備校での仕事を、20年くらいやってます。受験・子育て・教育に関することやその他自分の知的好奇心をくすぐった話題を呟いています。時々自分で食べて美味しかったものも呟いたりしてます。

GRIT(やり抜く力)とは何か? 成功へと導く力 GRIT(グリット)とは何か?

GRITって何だ?

私が grit という英単語に触れたのは、東北大学の2012年の入試問題でした。

Although biographers have long celebrated Newton's intellect - he also pioneered calculus - it's clear that his achievements aren't solely a byproduct of piercing inteligence. Newron also had anastonishing ability to persist in the face of obstacles, to stick with the same puzzling mystery - why did the apple fall, but the moon remain in the sky? - until he found the answer.

In recent years, psycologist have come up with a term to describe this mental trait;grit.

伝記作家は長いこと、ニュートンの知能を褒め称えてきている。(彼は微積分の先駆者でもあった)しかし彼の業績が、洞察に満ちた知能の単なる副産物でないのは明らかだ。ニュートンはまた、困難に面しても頑張り続け、ずっと頭を悩ませる謎(なぜリンゴは落ちたのに、月は空にあるままなのだろう?)の答えが見つかるまで、こだわり続けることができる、驚くべき能力を持っていたのだ。近年、心理学者たちは、この精神的特徴を表す用語を思いついた。それがすなわち「grit(やり抜く力)」である。

 

東北大学の入試問題は、更に続きます。

the researchers are quick to point out that grid isn't simply about the willingness to work hard. Instead. it's about setting a specific long-term goal and doing whatever it takes until the goal has been reached. it's always much easier to give up, but people with grit can keep going.

研究者たちは、いち早く、「grit=やり抜く力」とは、一生懸命努力しようとする意志に関わるものだけにはとどまらないと指摘している。そうではなく、gritとは具体的な長期目標を立て、その目標を達成するまでに必要なことは何でも行うことに関わるものなのだ。やめてしまうのは、いつだってずっと楽だが、grit のある人は先に進み続けることができるのだ。

 

 GRITとは『単に努力しようとする意志ではなく、長期目標を設定し、例え困難に直面しても、目標を達成するまでは、あらゆる手段で頑張り抜く能力』だということです。

IQ(知能指数)が高いからGRIT(やりぬく力)が高いわけではない

しかも、従来、知能指数テストのような知力の測定が、将来の成功を示す非常に重要な指標として考えられてきたが、個人が何かを達成する際の違いのほとんどは、頭の良さとは全く関係が無いということも科学者たちは指摘しているとのこと。

つまり、「頭が悪い」から何かを成し遂げられないのではなく、「GRIT」が不足しているから何かを成し遂げることができないのです。

 

GRITとは何かについて、心理学者のAngela Duckworth がTEDでも述べています。(日本語のテロップがついているので、中学生、高校生の皆さんも、リスニングの練習も兼ねて、是非ご覧になって欲しいと思います。

Angela Duckworth(アンジェラダックワース)


Duckworth Grit - アンジェラ・リー・ダックワース 「成功のカギは、やり抜く力」 TED

 

 

アマゾン、自己啓発部門カテゴリー1位(H28/11/21

アンジェラ・ダックワース

やり抜く力 GRIT(グリット)――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける

 

やり抜く力――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける

やり抜く力――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける

 

 

 

 

 

年末ジャンボ宝くじ 【億万長者になる確率を上げる買い方】を数学的に検証してみた

年末ジャンボ宝くじで【億万長者になる確率を上げる買い方】

年末ジャンボ宝くじで1億円ゲット!いつも末等の300円しか当たらないけれども、それでも1億円ゲットする夢を見て、買ってしまう・・・そんな人も多いのではないのでしょうか。

今年の年末ジャンボ宝くじは「1等7億円」「1等前後賞が1億5000万円」、合わせて何と10億円というまさにジャンボな夢宝くじです。

もちろん、10億円というのは、大きな魅力ですが、「前後賞の1億5000万円だけだって当たれば超嬉しい!」というのが普通の庶民の感覚なのではないでしょうか。

そんな「億万長者になる確率を上げる買い方」があるって知っていましたでしょうか?

年末ジャンボで億万長者になる確率をあげる買い方は『連番でなく』『バラで買う』という簡単な選択をするだけ。

例えば年末ジャンボ宝くじを10枚買う時、皆さんは「連番」ではなく「バラ」で買いますか?宝くじ売り場で「年末ジャンボ10枚下さい」と言うと「バラですか?連番ですか?」と聞かれると思います。その時に「バラで!」と言うだけで「億万長者になる確率は大幅にアップするのです。」

もちろん、『連番』で10枚買おうが、『バラ』で10枚買おうが、1等が当たる確率は一緒だし、1枚の宝くじの当たる金額の期待値も一緒です。でも、『億万長者になる確率』は変わるのです。それを数学的に検証してみます。

分かりやすいように、0001~2000までしかない2000枚の宝くじを考えてみます。このうち1等が1枚、前後賞がその前後に各1枚の2枚当たるとします。

『連番で10枚(例えば0100~0109の10枚)』買った人と『バラで10枚(例えば0100、0201、0302、0403、0504、0605、0706、0807、0908、1009)』を勝った人を考えます。

連番で勝った人が『1等または、その前後賞が当たる』ためには、1等が0099~0110までの12個の数字のどれかであれば良いことになりますから、12/2000が『連番で買った時、1等または、その前後賞が当たる確率』ということになります。

一方、バラで勝った人が『1等または、その前後賞が当たる』ためには、1等が

0099、0100、0101、0200、0201、0202、0301、0302、0303・・・(中略)1008、1009、1010の合計30個の数字のどれかであれば良いことになりますから、30/2000が『バラで買った時、1等または、その前後賞が当たる確率』ということになります。

 

どうですか。12/2000(=0.006)が30/2000(=0.015)ですから、『1等または、その前後賞が当たる確率』が何と2.5倍上昇してしまうのです!

同じように、連番で30枚買う場合と、バラで30枚買う場合では、『1等または、その前後賞が当たる確率』が、それぞれ32/2000と90/200となり、その確率は2.812倍にも上昇してしまうのです!

 

もちろん、どうしても10億当てる夢を捨てたくない人は連番で夢を追うのも良いでしょう。でも、前後賞で良いから億万長者に!と言う人は是非『バラ買い』にチャレンジしてみてはどうでしょうか。

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朝日新聞の記者が酷いのか? 楠隼中学の先生が酷いのか? おいおい朝日新聞、頼むからそんな記事載せないで!

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公立一貫校の中学の授業の様子ってことでの今朝の朝日新聞の記事なのですが、そりゃないでしょう!

過去に鹿児島に2年住んでた人なら、
I lived in Kagosima for two years.って普通に過去形で言うんじゃない?!

この記事、楠隼中学の先生が本当にそう教えたっていうことなのか、朝日新聞記者が酷いまとめ方して記事にしたのか、どっちだろう?

もし、本当にそんな教え方(「昔、鹿児島に住んでいたことがある」⇒「I had lived in Kagosima.」で正解!)してたのなら、先生の力を疑うし、
本当はもっと前後の説明があって、きちんと教えてたのを朝日新聞の記者が変なまとめ方したのなら、この記事を書いた記者の力を疑わざるを得ないなあ。

『ペンは剣よりも強し』ってそれが本当の意味だったんだ! ~朝日新聞 折々のことば~を読んで 知った『ペンは剣よりも強し』の本当の意味とは

ペンは剣よりも強し The pen is mighter than the sword  の本当の意味とは

H28/10/25の朝日新聞「折々のことば」を読んでいて、ちょっと不思議に思った。

『「ペンは剣よりも強し」ただし「偉大なる人物の統治下では」との条件が付く』

ん? 「偉大なる人物の統治下では」ってどういうことだ?

 

普通、「ペンは剣よりも強し」と言えば、「言論の力は、武力よりも大きな力を持っている」というような意味合いだと思われているし、自分もそう思ってきた。

それに「偉大なる人物の統治下では」って条件が付くということは、「言論の自由をきちんと保障してくれるような偉大なる人物の統治下であれば」って意味なのか?

何だかすっきりしなくて調べてみたら・・・

 

元々は、「リシュリ―あるいは策略」(1839年)という歴史劇でのセリフだったようだ。

劇中で、リシュリ―(=枢機卿という聖職者)が、部下による暗殺計画を知る。しかし彼は聖職者であるが故に自分が武器を手にすることができない。そこでのセリフが「まことに偉大な人間の統治下ではペンは剣よりも強し」だった。

 

つまり、「ペンは剣よりも強し」の本当の意味とは「あとは、自分が署名するだけで発行できる許可証を常に持っているのだから、自分がその許可証(令状・命令書)にサインをするということが、相手のどんな武器にも勝る」ということを言っているのだ。

 

そのペンは剣よりも強しの本当の意味を知ると、「折々のことば」の続きの意味がよく分かった。

『つまりそれは、いかなる抵抗勢力といえども統治者の令状一枚で潰せるという意味だった。その意味が反転して、権力に屈しない言論の精神をうたう言葉になったのだ。』

さらに「折々のことば」はこう結ぶ。

『その意味が元に戻ってはいないか。この自己検証に堪えてこそのジャーナリズムである。』

 

権力者の命令一つでどんな抵抗勢力をも潰せてしまう、そんな世の中になりつつはないか?そして、それをジャナーナリズムは検証していく義務があるのではないか?そんな問いかけを私たちに投げかけている、非常に考えさせられる文章だった。

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大学入学希望者学力評価テスト(新共通テスト) 記述式問題【続報】(H28/10/27)

 大学入学希望者学力評価テスト(新共通テスト) 記述式問題を民間に委託することを検討

2020年度より実施予定の新共通テストの記述式問題についての問題点は以下の8/26のエントリーで述べましたが、その後、文部科学省では、記述式問題の一部を民間に委託することを検討しているとのこと。

 

各大学が採点する仕組みでは負担が大きいと大学側が反発していることを受けての検討だとは思われますが、これも色々な問題点がありそうです。

 

確かに、例えば河合塾が実施している『全統記述模試』の今年度第2回におけるもっとも受験者が多い英語では受験者が約30万人。現在のセンター試験の受験者が約56万人ですから、まあ河合塾とかベネッセを母体とする民間企業(群)であれば、あと4年で採点できる仕組みを作ることは可能なような気もします。

 

では、実際に採点するのが誰なのか?

いくらマニュアルがあり、指導をする立場の職員がいるにせよ、所詮実際に採点するのはアルバイトか、せいぜい派遣社員ということにならないのでしょうか?アルバイトや派遣社員の能力を低く見ているつもりはありませんが、『明日から採点業務・・・』とか『採点したけど、けっこういい加減なもんだった』等とSNSでつぶやく人が出ないとも限りません。また、採点者、集計者、入力者等を採用する場合に(恐らく短期間限定の採用のはず)本当にその人には受験者の親族・利害関係者等がいないということをどうやって担保するのでしょうか?

 

記述式を民間委託することで受験料は上がらないか?

センター試験の受験料(3教科以上)は18,000円です。民間委託するということは、当然その費用が上乗せされることになると思いますが、受験料は上げずに済むのでしょうか?

 

委託先内部のファイアーウオールをどこまで信頼できるか?

先ごろのベネッセでの情報漏洩事件が記憶に新しいですが、本当に委託先から情報が外部に漏れることはないのでしょうか。外部に漏れることも心配ですが、委託先内部で他部門への情報流出はないのでしょうか?

例えば採点のためには、おそらく膨大な量の『採点マニュアル』が渡るはずです。『○○と書いてあれば満点』『××の要素が入っていなければ減点』等です。そういった「貴重な情報」を手に入れた委託先(または、委託先の個人)は、必ずそれを自分の顧客獲得に活かそうとするのではないでしょうか?

「いやあ、内緒なんだけどね。こういう書き方すると減点対象なんだよね〜」などと授業でしたり顔で喋る予備校講師も出るかもしれません。

 

そもそもが50万人の記述式テストをするっていうことが無理筋なのですが、もう引っ込みがつかないのでしょう。まあ、各大学に採点をやらせるっていう非現実的な方法よりはマシかも知れませんが、上記のような問題点を少しでも緩和し、また、新たな利権の構図を生まないことを望みますが、何よりも、「どうなるんだろうな」と不安な将来の受験生、それを指導する学校現場に、これ以上の混乱を与えないことを願います。

 

 

kasikoi.hatenablog.com

子供は褒めて育てる!? 一橋大学入試英語で考える『上手な褒め方』

2015年の一橋大学の英語の入試問題に、「上手な褒め方」について興味深い題材が扱われています。

以下はその日本語訳の要約です。

「ある研究で、128人の子供たちに数学の問題を解くように求めた。その後、1つのグループの子供たちには『本当に良くできたね。頭良いね』と、その知性を褒め、もう1つのグループの子供たちは『本当に良くできたね。きっとすごく頑張ったんだね』と、そのその努力を褒めた。

その後、同じ子供たちに、より難易度の高い問題を解かせると、その結果は劇的だった。

努力を褒められた子供たちの方が、新しい解法を編みだそうと強い意欲を示し、自分の失敗を自らの努力不足のせいにして、自分の知性が不足しているせいにしない傾向が強かった。

それに対して、頭の良さを褒められた生徒は、失敗に関して心配する度合いが強く、また、自分がすでに知っていることを確かめる問題を選択する傾向が強く、問題の難易度が上がると諦めるのがより早くなった。

さらに、その実験のことを、手紙に書いて伝えるように求めると、頭が良いと褒めらた生徒の内の何人かは、自分の点数を水増しするというウソまでついた」

 

どうですか?

 

巷では、『子供を褒めて伸ばそう』ということも言われていますが、『褒めてあげるべきはその子の努力』であって『その子の賢さを褒める』ことは、その子を伸ばすどころか、『伸びない子』に結果してしまう可能性すらあると、この一橋大学の入試英語の文章は述べているのです。

 

同じように『あなたはやればできるんだから』という子供の励まし方も、危険です。励ます親や先生は、『あなたは、やればできる能力があるのだから』と励ましているつもりでしょうが、その励ましは言外に『あなたは能力があるのだ』と褒めているのと一緒なのではないでしょうか。

 

親や先生は、少しでも子供の努力する姿に注目し、『頑張っているね』とその子供の努力を褒め、さらに努力しようという気持ちを持ってもらう必要があるのではないでしょうか?

 

では、親はどうして安易に褒めてしまうのか?

一橋大学の入試英語はさらに続きます。

「では、私たちはどうしてこうも自分の子供を褒めることにこんなにも熱心なんだろう? それは、子供を褒めることで、自分たちは、自分たちの親たちとは違うということを示そうとしているからだ。(以下かなりの要約)子供を褒める親世代は、自分たちが子供の頃は、その親世代に賞賛されたり褒められたりしなかった。だから、今、子供たちを褒める親世代は、自分たちは、自分たちの親世代とは違って、自分の子供たちを褒めることで、自分がどれほど素晴らしい親であるかをアピールし、自尊心を高めているのだ。でもそれは、自分たちが、親から無思考な批判を浴びせられていたのと同じやり方で子供たちに空虚な褒め言葉を与えているだけだ。つまり、子どもたちを批判ばかりすることも、むやみに褒めることも、究極的にはどちらも『子供たちへの無関心』を表しているだけなのだ。」

 

子供たちの気持ちを考えずにむやみに批判し、叱りつけてしまうことも、安易に褒め言葉を与え続けることも、子供たちにとっては『ああ、私のことを本当には見てくれていない』という『親の子供に対する無関心』を示しているのだというのです。

 

子供にどう接し、どう上手に褒めることが大切か?

一橋大学の入試での英語長文問題では、こう結んでいます。

「寄り添うことが子供の自信を築くのである。寄り添ってもらうことで、子供たちは自分が人から関心を払ってもらう価値がある人間だと知ることができるからである。そして、『寄り添われているという気持ち』こそが、褒め言葉よりも私たちが欲しているものではないだろうか。」

 

私たち親世代は、ややもすると子供を批判したり、叱りつけたりしたくなります。『成績があがらない』『友人関係がうまくいかない』時などは『なんで、勉強しないの!』『なんで、もっとうまく出来ないの!逃げないで!』等と感情をぶつけたくなったりもしがちです。逆に、叱ってもダメなら褒めたらよいのかと、『あなたはやればできるのよ』『悪いのはあなたじゃないから』と安易に褒めたり励ましたりしてしまうのかもしれません。

 

でも親が悩んでいる以上に、子供ら自身が悩んでいるのです。その悩みに関心を持ち、寄り添い、『あなたは一人じゃないのよ。みんなが見守っているのよ。』『あなたが、今悩み、苦しんで、でも先に進もうとしているその努力こそが賞賛に値するし、いずれ実を結ぶことになるのよ』ということを伝え続け、『寄り添い続ける』ことこそが、私たち親世代に求められていることなのだと思います。

 

 

 

 

 

一橋大の英語15カ年[第4版] (難関校過去問シリーズ)

一橋大の英語15カ年[第4版] (難関校過去問シリーズ)

 

 

 

 

センター試験に代わる新テストの記述式問題について(H28/8/26)

大学入試センター試験に代わり2020年度に始める共通テストで導入する記述式問題

大学入試センター試験に代わり2020年度に始める共通テストで導入する記述式問題について、文科省は、受験生が出願した大学が採点を担う方向で検討を始めた、とのこと。

当初は、数学と国語で記述式導入の方向で、①記述式を12月以前に前倒しで実施②1月にマークシート式とともに実施――の2案を検討。①は採点期間が確保できるが、高校教育への影響が大きく、②は採点期間が約2週間しかなくて40文字程度で答える短文記述式しか出せないなど、問題点がある。

国大協も入試委で採点方法を議論。国語で出題▽入試センターはマークシート式の採点を担う▽記述式を利用する大学は受験生の記述式の解答をセンターから送ってもらい、採点する――という独自案をつくり、7月末に文科省も同席した会議で示した。入試委は独自案について、各大学が2次試験の合格発表までに採点すればよく、時間に余裕があるので出題の幅が広がると判断。また、センターが示す共通の採点基準に加え、各大で独自の基準を採用できるとしている。(以上朝日新聞デジタルよりの要約)

結局新共通テストで「国語の記述式」を利用する大学は少ないのでは?

上記の記事を読むと、結局「国語の記述式」を利用する、と決める大学は、自分の大学で手間暇をかけて採点業務をしなくてはならない。そもそも、採点の手間暇をかけたくないから「センター参加」している私立大学のどれだけが、わざわざ「国語の記述式」を採用することになるだろうか? また、国立大学の文系学部で、どうしても「受験生の記述式で国語の学力を求めたい」という大学・学部であれば、そもそも個別の二次試験で記述式の問題を今でも課してしているだろうから、わざわざそれにプラスして新共通テストの記述式を採用するメリットはなさそうだ。国立大学の理系であれば、わざわざ採点の手間暇をかけてまで国語の記述式を採用することはないのではないか。

今後、新テストの「実施方針」の来年度初めの公表に向け、大学、高校など関係団体の意見を聴くことになるそうだが、結局、大騒ぎして、どうにか国語だけでも記述式を導入することになったとしても、多くの受験生にとって、新テストの「国語の記述式」は「自分の受験には必要ない」ということになってしまうのではないだろうか。

大山鳴動して鼠一匹」・・・

新共通テストで「国語の記述式」の問題点

ひとつ、予想される問題点も指摘しておきたい。現状の「前期・後期」制度が踏襲されるとしてだが、例えば自分の前期受験大学と後期受験大学が異なった場合、「国語の記述式の答案」は前期受験大学、後期受験大学で2回採点されることになる。前述の記事によると、大学独自の採点基準が採用できるのだから、異なった得点になることも大いに考えられる。(というか、必然的に異なった得点になる。)

 

最近の大学入試では、後日自分の得点は開示してもらえるので、

「○○大学では○○点だったけど、××大学では××点だった」ということが本人に後日分かるし、今時だからそれをSNSにアップする人もでてくるだろう。そうなると、「共通テスト」の信頼性というものが大きく崩れる可能性もあることを指摘しておきたい。

 その後、「記述式の採点を民間委託の方向」という記事も出ています

kasikoi.hatenablog.com